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■第74話 「庭の達人」 2012年8月19日
お盆を過ぎ、すっかり朝夕が涼しくなりました。
ひんやりした避暑の夏を過ごす軽井沢も、お盆の頃は一時的に日中の強い日差しで、夏の最後を惜しむようにミンミンゼミが鳴き、夕方は激しい雷雨が町を洗い流す勢いで降り注ぎます。そして、夜空を花火が彩る頃には、すっかり雨もあがります。
早朝の白い朝霧の中で、軽井沢の苔や草木は適度な潤いで気持ちよさそうに身支度を整え、今日も木漏れ日のスポットライトを浴びて鮮やかに輝こうとしています。
朝の柔らかな日の光が差してきて、小鳥たちが賑やかにおしゃべりを始めます。庭で静かに遊ぶヤマガラの、時折出す楽しそうなささやきや、森に響くイカルの優しい歌、ホオジロのかわいらしい声が、希望に満ちた朝の庭に響きます。
週末は、いつものように旧軽井沢まで、森の小道を通って散歩をしました。
表通りは殺気立つほどの混雑ですが、別荘地の苔むした木立は、お気に入りの植物観察スポットです。道端にあるさまざまな草花の前で、じっと立ち止まって写真をとったり、身を屈めて香りを確かめたり、人目を気にせずマイペースで散歩して時を過します。
ひとけの少ない場所を散歩する時、私はクマ鈴とホイッスルを身につけておりますので、歩くとシャンシャンと軽く鈴が鳴ります。その鈴の音に誘われてか、時折、小鳥が不思議そうにのぞきにきます。
あまり知られていないかもしれませんが、
軽井沢、特に離山はツキノワグマ(サル、イノシシ、ニホンカモシカなど)が日常的に出る場所です
。
ツキノワグマの成獣が自宅の庭の中を歩いている場面に、私は二度も遭遇しています
。室内とはいえ至近距離でクマの目を見ると、本能的な恐怖で足が震えました。それからは無意識のうちにも、野生動物との遭遇を避けるよう常に全身のセンサー(野性の勘)が働くようになりました。
日当たりの良い場所では、クズの花が大きな葉を茂らせて、紫色の花を立ち上げ、下から順に咲かせながら、あちらこちらで甘いぶどうの香りを漂わせています。初夏のフジもアケビも、そしてクズの花も同様に、紫色の花は不思議と、グレープジュースの甘い香りがします。
黄色い「キツリフネ(黄釣船)」も咲いています。ソフィアート・ガーデンにはピンクのツリフネがたくさん咲き、あまりに茂るので適当に草を刈ってしまいますが、黄色やピンクの花はかわいらしいものです。
「イカリソウ(碇草、錨草)」も、名前通りの形の花を紫色に咲かせています。高原の山の上で、船や錨、といった海の造形を眺めるのもおもしろいものです。
雲場池のすぐ近くの、たいへん大きな地所をお持ちの別荘では、オープンガーデンとしてお庭を開放していましたので、遠慮なく拝見いたしました。このお庭はすばらしい苔と山野草で知られています。
私がいつものとおり、植物をゆっくり眺めていると、近くで、ずっとしゃがんで庭の手入れをしていた男性が、「山野草はお好きですか?」と声を掛けてきました。その方とお話ししているうちに、この別荘のオーナーさんであることがわかりました。旧軽井沢の中でも特に美しい苔庭のお宅ですが、実は17年ほど前に相続されるまでは荒れるに任せたお庭だったようです。
ご年配のその方は、毎週末に奥様とここに来られ、混み入った木を適度に伐採し、草を手入れしていくなどして、お金をかけずに(人任せにせずに)自力(手作業)でこのお庭を作っていらっしゃること、そして見事な苔や山野草はもとからあったものであること(ほとんどが自生、大昔にご先代が植えたものや、他の別荘の方から託された貴重な山野草もある)などを伺いました。
庭木と調和する立派な日本建築のお屋敷は、戦前に建てたとのことで、銅拭きのむくり屋根と唐破風にかかる雲形の妻飾りも趣のあるものです。古い建築物を鑑賞する趣味の私にとっては、苔庭だけでなくお屋敷の話も、時間があればいろいろお聞きしたいものです。
オーナーさんは、私どもが庭のあり方や自然植生、山野草などに興味があることを知ると、うれしそうに夢中でお話になります。
やはり二十年近く、庭造りに丁寧に向き合ってこられた方のお話は含蓄に富み、勉強になります。大きな視点と同時に、まるで昆虫のようなミクロな視点から植物や苔を観察し、書籍やインターネットの情報からは得られない奥深い知識や実体験をお持ちです。
もの静かで穏やかに、端々に深い教養のにじみ出るお話は、会話の時間の経つのを忘れるほどおもしろく、私が日頃、抱いていた苔や山野草に関する疑問などをお聞きすると、次から次へと新しい知識が飛び出します。
「休みのたびに東京から来て庭の手入れだけして帰るので、周りから変人と言われるのですよ」と楽しそうに笑う姿は、変人というより(庭づくりの)達人のように見えます。
ヤマユリ、ヤマオダマキ(山苧環)の花は終わり、今はツルリンドウが白い花を咲かせ、フシグロセンノウのオレンジが苔庭に鮮やかに映えます。
「ツバメオモト(燕万年青)の実がなっていますので、ぜひ見てください」と誘われ、その美しい瑠璃色の実を見せていただきました。
早春に咲くサクラソウ、めずらしいカッコソウ、初夏のクリンソウ、マイヅルソウも、苔庭と区画を浅間石で区切ったゾーンにあります。オーナーさんのお話では、マイヅルソウは土と苔の間に根を張って苔庭を茶色く枯らしてしまうため、10センチほど石を掘り下げて苔に広がらないように区切った上で育てているそうです。
苔を扱う業者の中には、除草剤の使用をすすめるところもあるようですが、もちろんこの別荘のオーナーさんは除草剤を使わないのは言うまでもありません。
軽井沢でも(そして日本全国でも)有数の苔庭を、自然の力を借りてつくりだし、真心を込めた手入れにより維持されているオーナーさんの言葉には真の説得力があります。
この駄文をたまたま目にした方が、除草剤が苔庭および軽井沢の庭づくりに必要だと考えているとしたら、それは間違いであるだけでなく、「他の生きものを苦しめ殺す直接の原因になる」 ことに気づく一助になれば幸いです。 虫や鳥、草木のすべてに害悪を及ぼし、土の生命力を失わせる除草剤を、便利で手軽だからと大地に降り注ぐことは、取り返しのつかない結果を現在と未来に残します。
家つくりや庭つくりは、当人の趣味や人格が如実にあらわれるものです。たとえ理解に苦しむ家や庭の様相であったとしても、部外者が無遠慮にあれこれ非難するものではないと思っておりますが、他の生きものに実害が及ぶこと、特に除草剤(枯葉剤)は容認できません。
利害関係者の中には「除草剤で(ただちに)死んだ人はいない。だから人には無毒だし使っても大丈夫」という論調を振りかざす人も見られますが、どうして同意できましょうか。自分だけよければ他の命はどうなってもよい、と考える人や組織を信用することはできません。
人間が死なないから何をしても良い、のではなく、人はいつか死ぬ身なのだから、せめて、他の生きものへの迷惑を少なくするよう心がけたいと私は思っています。他の人がどう考えようと、です。
軽井沢には、人知れず、自他ともに幸せな環境を楽しんで作り出している、奇特な人々がいます。日本全国、そして外国にも、そうした望ましい隣人が、どこかで静かに今日も楽しく生きていることでしょう。お庭を丁寧に手入れし、苔や山野草の見頃を迎えると、
「ご自由にお入りください」
の札を掲げる美しい庭には、私どもが遠く及ばない、すてきな隣人の姿があります。おおらかに人を迎え入れるオーナーご夫妻のお人柄と、それをあらわしたような庭と建築物を拝見して、「庭は人なり」ということを改めて実感しました。
ソフィアート ・ ガーデン物語
有限会社ソフィアート 長野県軽井沢町長倉 2082-4
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