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■第79話 「お茶の時間 8」 2012年9月7日
よく晴れた日中は、高原特有の明るい日差しがまぶしく感じられます。夏の名残の陽光に反応してか、裏の山からはひとりぼっちのミンミンゼミの声が聞こえます。
真夏でさえ、せいぜい数えるほどの少数でしか鳴きませんので、秋風の中で少ない仲間を探して振り絞る声には、こちらもつい応援したくなります。
蝉は、地中深く潜って何年も幼虫時代を過ごし、最後に地表に這い出て成虫となってからは、2,3週間で命が尽きると言われます。
そういう命は「はかない」と一言で片付けられてしまいがちですが、長短を問わず与えられた時間を精一杯生きる姿、遠くまで響き渡る羽音の力強さは、哀れむよりむしろ賞賛されるべきものでしょう。
夏の五行の「火」は、燃焼し尽くしてこそ「土」を生み出し、そしてみのりの秋の時(「金」)を迎えることができます。生々流転する万物の変化のさまは、毎年同じような四季のめぐりが来る錯覚を我々の心に起こしますが、「いま、この時」に私が再び立ち会うことはなく、蝉も人も同じ、いまという時を過ごしていることに気づきます。
秋を間近にした軽井沢近郊の田畑の様子も、うっすらと金色を帯びています。瑞々しい春とは違い、秋の色は乾いて渋みがありますが、それは単なる寂しい終わりの色でありません。
秋の景色は、美しい豊穣を祝うよろこびの色であると同時に、明るい日差しがくっきりとした影を描き、景色に引き締まった輪郭と色を与えます。終わりは始まり、浮かれていないで来たるべき冬に備えて覚悟と蓄えをせよと促します。
今回のお茶の時間は、夏いちごでこしらえたばかりのジャムと紅茶を楽しみましょう。そして、お茶のお供に、手に取るたびに切ない気持ちになる二つの本を紹介します。
一つ目は、エリック・カール(絵)とアリス・マクレーラン(文)の 『 ことりをすきになった山 』 という絵本です。(ゆあさ ふみえ訳、偕成社、1987年)
この絵本は、あるとき、大阪の古本市で立ち読みしていて偶然見つけました。エリック・カールの絵本としては『 はらぺこあおむし 』を学生時代から持っていましたので、その独特の色調と雰囲気で、即座にエリック・カールのイラストであることに気がつきましたが、この本は、まず題名にひかれて手に取りました。
この本は、草も木も一本もない、生きものの気配も何もない岩山の絵から始まります。山は、気の遠くなるような悠久の時間をひとりぼっちで過ごしてきました。ある日偶然に訪れた小鳥の登場に驚き、ふわふわと温かい小鳥を好きになります。山が、小鳥にここに居て欲しいと願うも、小鳥は食べ物がない場所では住むことはできない、でも娘達には必ずこの山に立ち寄るように言いましょう、と山に約束して飛び去ります。
約束を守って小鳥の娘達は毎年、山に訪れてくれますが、どんなに山がここにいてくれるように懇願しても、「それは むりだわ。」と飛び去ってしまいます。悲しくてせつなくて、山は初めて涙を流します。
山の悲しみの涙は止まらず、やがて大きな川になり、乾ききった大地を潤すと、「ここなら いつも しめっているから 芽がでるはずよ」と、小鳥は、一粒の種を、涙の川のほとりに植えます。毎年小鳥は種を一粒くわえてきては、涙の川のほとりに植えていきます。
やがて、その種は木に育ち、そして長い時間を経て森になり、孤独な山も少しは寂しさが紛れるようになりました。すると小鳥は・・・。
紹介はここまでにしておきます。 著者のアリス・マクレーランは文化人類学者とのことで、自然の壮大な描写と寓話的な物語に秘められたメッセージは強く印象に残ります。
エリック・カールのイラストにも好感が持てます。暗く荒々しい岩肌の山が、小鳥によって育まれた生命の彩りで明るさと優しさを帯びていく様子、そしてなにより小鳥の楽天的な気質を、誇張なく描いています。特に、小鳥の目の表情が、私の思う小鳥の姿によく合致しており、陽気でクールで実利的、恐竜のように恐いけどかわいくて美しい、という感じが出て好きです。画家やイラストレータが描く小鳥は、かわいらしく描こうとするあまり、実像からかけ離れた描写になっていることがあります。しかし本来、小鳥は間近でよく観ると恐いぐらいの表情をしています。
もう一つの本は、クレア・キップス著、梨木香歩訳 『 ある小さなスズメの記録 』 ( 文藝春秋、2010年)です。
こちらは東京の大きな書店で、発売された直後に手にしました。原作は、 1953年に発行され、かつて、欧米で大ベストセラーになったそうです。
訳者によって、「人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯」という副題の添えられたこの本は、イラストと写真も美しく、丁寧な本の装丁も愛蔵にふさわしい良書です。
夫を早くに亡くしたキップス夫人は、ある日、玄関先に落ちていた、足と翼が不自由なスズメのヒナを拾い育てます。小さなスズメはクラレンスと名付けられ、キップス夫人の手厚い養育のもとで、足と羽がすこし不自由ですが美しい成鳥に育ちます。
時は第二次世界大戦のさなか、夫人のピアノ伴奏に合わせてクラレンスは美しくさえずり、小さな芸を覚えて慰問の場で披露し、戦争で疲れた人々の心を慰めます。キップス夫人はクラレンスと過ごした12年間の記録を淡々と綴っていますが、誇張のない事実だけを伝えようとするからこそ、よけいに、ちいさなスズメに対する夫人の愛と感動が静かな筆致からあふれ出てくるのが読む側に伝わります。
クラレンスは寝るときも一緒、キップス夫人のセーターの中にもぐって過ごしながら夫人を親のように慕い、時には夫人をエスコートする紳士として振る舞います。クラレンスとキップス夫人は、なんと相思相愛であることか。スズメが12年間も生きることができることにも驚きましたが、なにより死の間際まで、必死にキップス夫人に愛と感謝を伝えようとするクラレンスの情愛に、深く心を揺さぶられました。
私は本を買うとき、まず書店でその本をすべて読み終えてから、どうしても手元に置きたいものだけを買う習慣があり、本はそれほど多く持っていません。(書棚は、本を大量に買うパートナーの本であふれかえっており、私の本を置くスペースはほとんどありません・・・)
このふたつの本も、何気なく店先で読み始めたものの、読むうちに涙が止まらなくなり恥ずかしくて困ってしまいました。これらの本は、どうしても手元に置いておかないわけにはいきません。
こんな話を書くことのできる才能は私にはありませんが、小鳥を称える珠玉の物語に対して、心の底から共感できる心と経験を持っていることを、ちょっと誇りに思っているスタッフMです。
ソフィアート ・ ガーデン物語
有限会社ソフィアート
スタッフM( 竺原 みき )
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