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■第41話 「巣立つ日」 2012年6月11日

みんな元気に育ちますように! 6月の前半はシジュウカラやヒガラの巣立ちに立ち会うことが多くなります。 自宅の巣箱には、南側にヒガラ、東側にシジュウカラが営巣中で、日増しに、ヒナたちの餌を催促する声が大きくなって巣立ち日の近いことが予想されました。今年は軽井沢もすでに梅雨入りし、土砂降りや霧雨の日が何日か続いております。

通常は晴れた日を選んで巣立つことが多いのですが、今年は日曜日(6月10日)の朝に、ヒガラのヒナが巣立ちを迎えました。霧で曇りの日ではありますが、前日の土砂降りのような荒れた天気ではないので、巣立っても大丈夫と親が判断したのでしょう。

何日か前から、何度も巣箱の周りを詳細にチェックする親の姿が見られました。上下、前後、左右、とくまなく安全を確認し、ヒガラの小さな賢い頭で用意周到にシミュレーションしている姿はたいへん頼もしく、この親ならヒナたちを立派に巣立たせることが出来るだろうという貫禄に満ちています。

親と同じ大きさ(小ささ)ですが色が淡い 巣立ちを迎えた日曜日の朝、父と母が連係しながら、片方が虫を巣箱に運び入れ、もう片方は虫を外でくわえた姿を巣穴に見せながら「ツーチ!」と高く透るいつもの声で鳴きます。両方とも羽を震わせて、応援するかのような姿でヒナたちを外へ誘います。

ヒナが丸い巣穴から顔を見せたり、引っ込んだりするようになると、もう巣立ちがカウントダウンに入った印です。そっと外の世界を覗いたヒナがふと身を乗り出し、そのままするりと目の前のエゴノキの細枝に留まります。巣立ちの瞬間です。 ヒナはすぐに、上に広がる大きなマユミの枝までもうひと飛びして茂る葉陰に身を隠します。マユミは我が家の庭の大きな古木で、樹高樹冠ともに数メートルのドーム上に枝葉を広げており、同様の大きさのヤマボウシが隣に並んで、毎年、ここで巣立つヒナたちにとっては絶好の、安全な巣立ちの場所になっています。

そのとき、上空をカラスが「カァー、カァー」と飛ぶ声がしました。即座に親は「だるまさんが転んだ」遊びのように動かなくなります。親の動きを見習うヒナたちも、同じように動きや鳴き声をやめます。こうして、じっと息を殺して静かにしていれば、上空からはここで今、ヒガラの巣立ちが行われていることに気づかれる心配はありません。

朝の7時台から始まって、昼の12時をまわって何羽か巣立った後も、親はたまに巣箱の中に虫をくわえて入ります。すると、かすかなヒナの声がして、まだ巣箱の中にヒナが居ることがわかります。いつも巣立ちの遅いヒナが居て、見ている私どもも何かあったのではないか、とたいへん心配になりますが、ヒガラの親はちゃんと、最後のヒナが巣立つまでしっかりと面倒を見る賢い親ですので大丈夫です。

こうした巣立ちにかかる時間は巣によってまちまちで、30分ほどで次々と数羽のヒナが飛び出すこともありましたし、2時間以上かけて13羽ものヒナが巣立ったこともありました。今年は、巣立ちに気づいたタイミングが遅かったので、全体の数と時間は分かりませんが、ずいぶん長丁場の巣立ちです。

最後のヒナが巣立ち、もう巣箱からは声がしなくなりました。一方で、何時間も前に巣立ったヒナたちは、もう片方の親が引率して、近場の木に移動しているようです。これから何日間かは、こうして親とヒナたちは安心な木を移動しながら、親が虫を捕ってヒナに与え、ヒナたち自身も自分の力で食べていく技を覚えて行きます。しばらくは兄弟で集団行動しますが、やがて小さな身一つで大自然の中で生きていかなければなりません。

その間には、かなりの困難が待ち受けていることは容易に予想できます。自然の懐がいつも彼らを温かく守ってくれる訳ではありません。台風や大雨、氷点下10度を下回る厳冬期、何も食べ物がない日々、彼らは自らが自然界の中で食べるだけではなく食べられることもあります。しかし、いつでも透き通るような美声で鳴き、自然を称え、自分の美しさと力を満喫し森の空気を輝かせる彼らは、信じ難いほど強い存在です。

あっさり巣立つヒナもいれば悩むヒナもいる いつも空気のように軽やかで自由に羽ばたき、細枝ひとつ揺らすことなくふわりと着地する彼らを見ていると、肉体や物質のしがらみを持たない自由な精神そのもののように思えてきます。天に一番近い存在として、小さくとも威厳に満ちています。

『森の生活』でヘンリー・D・ソローが、人の気配を察知した山鶉(ヤマウズラ)のヒナが、じっと茂みにうずくまり、まったく動かない様子を描写し、そのヒナの黒い瞳を称えてこう書いています。

「あらゆる英知が瞳の中に映し出されているようだ。その瞳はたんに雛の清純さではなく経験によって研ぎ澄された知恵を暗示している。そうした瞳は生まれつきのものではなく、瞳に映し出す大空と同じ時代に生まれたのである。森はこれほどの宝石を他には産み出してくれない。旅人はこれほど澄んだ泉の瞳など、そうめったに見るものではない。無知無謀な遊猟者がこういう時期に親鳥を撃ちまくり、無邪気な雛たちを他の獣や鳥の餌食にさせてしまう。あるいは親鳥を失った雛たちは、自分たちとあまりにもよく似た枯れ葉と混り合い、次第に朽ち果ててしまう。」(同書「動物の隣人たち」の章 佐度谷重信訳)

こうしたソローの印象は、まさにそのとおりです。ヒナ鳥が巣箱から顔を覗かせて空を見上げる瞳は、どんな賢い人より思慮深く、しかも無垢であり、懐疑や不安に怯えることもなく、全てを信頼しきった様子であることに驚かされます。

ヒナの小さな瞳には、この世はいったいどのように映っているのでしょうか。私の見えている世界とはまったく別のものが、彼らの目には映っているのでしょう。「希望」や「夢」という言葉では言い表せない、ありのままの世界を観るヒナの瞳。野鳥の巣立ちを観るたびに、その瞳に映る彼らの「世界観」に心を打たれます。


 『 ソフィアート・ガーデン物語 』 第41話 「巣立つ日」 
有限会社ソフィアート スタッフM( 竺原 みき )


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