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■第115話 「適度な距離感」 2013年2月15日

そろそろ、東京都心では梅の香りに早春の訪れを意識する頃です。

このコガラは小さな体で大きな落花生のかけらが好き パートナーは東京出張が続き、ソフィアート・ガーデンの小鳥たちとゆっくり過ごすことは難しい毎日です。しかし家に帰ると、時間の許す限りガーデンを訪れます。小鳥たちの元気な姿を見ていると、なんともいえぬ幸福感に包まれます。

どんなに寒くても吹雪でも、忙しい日でも出張に出かける前のわずか5分間でも、私どもは羽のある友達に会いにガーデンを訪れます。小鳥たちとの親密な交流は、冬の間だけに許される、とても大きな楽しみなのです。

私どもの乗った車がガーデンに到着するやいなや、真っ先に迎えてくれるのがコガラたちです。ガーデンの南東に隣接するミツバウツギの群生地がコガラの拠点ですので、すぐに10羽近くが飛んできて、皆が一斉に「ビービー」とかわいい鼻声で賑やかに鳴きます。季節外れの蝉時雨のような大合唱が森に響き、それを聞きつけてシジュウカラやゴジュウカラ、そして行動範囲の広いヤマガラが遅れて集合してきます。

車から降りて、小鳥たちのプレゼントをかけておくアズキナシの木に向かおうと、ガーデンの石段を雪と氷で滑らないようにゆっくり登っていくと、両脇の木には、私どもの顔の高さの枝にかわいいコガラたちが次々と並び、待ちわびた表情で急かしにきます。

たまには、まともなパートナーの姿も・・・ 「ちょっと待ってね、今行くからね」と、いつもポケットに用意してある落花生の実のかけらを手に差し出すと、コガラたちは、もじもじと横を向いてみたり、顔を枝に隠してみたりと躊躇しています。まるで、小学校で質問に勢いよく「はーい」「はーい」と一斉に手を上げた子供たちが、先生から当てられて「えーっと・・・」と答えに詰まっているような感じです。皆で競って手を上げることが楽しいのであって、先生から指名されるなんて想像していなかった、という具合です。

その中でも、特に人なつこい一羽は待ちかねて私どもの手に乗ります。中には、小さいかけらをパートナーの手のひらで二つほど食べた上で、大きなかけらをお土産に持ち帰る、ちゃっかりものもいます。

騒ぎを聞きつけて遠くからヤマガラも飛んできました。かすれた鳴き声が特徴の、このメスのヤマガラを私どもは「女の子」という名で呼んでいます。「女の子」とつがいだったオスは、秋に出張が続いた後に姿を見せなくなりました。遠い旅に出てしまったのでしょうか。キツネの足跡があって羽が不自然に落ちていたのが気になります。

このオスのヤマガラを初めて見かけたのは、2年前のことです。小屋が出来たばかりの冬の日、まだ幼い小さなヤマガラがガーデンに遊びに来ました。パートナーが雪の中、落花生のかけらをおいた手を差しのべてずっと待っていると、好奇心の強い小さなヤマガラがすぐに手に乗りました。私の目を真っ直ぐにみつめるヤマガラの黒い瞳は、その心を映すかのように青く澄んでいました。

山茶花の大刈り込みが美しい庭園 やんちゃ坊主でいたずらが大好きです。写真を撮ろうとすると私の帽子の頭に乗ったり、初夏にガーデンで私がひとりお茶をしていると、空席のパートナーの椅子に止まって私と並んでみたり、とてもかわいいヤマガラでした。営巣の頃、他の小鳥たちが私どもに近づかなくなってからも、このヤマガラだけはたまに顔を見せに来てくれて、デッキでお茶を楽しむ私どもの近くの木にとまって虫や木の芽をついばみながら、こちらを眺めていました。

ヤマガラのつがいの絆はとても強いものです。「女の子」は、いつも一緒だったつがいのオスが居なくなってからは、しばらく一羽だけで過ごしていました。 あのいたずらっ子が、そのうちに「ニーニー」とかわいい声で鳴きながら姿を見せてくれるのではないかと、私も内心ずっと待ち続けていました。 「女の子」は、近づいてくる他のヤマガラのオスを最初は果敢に追い払っていましたが、あれから3ヶ月経った今は打ち解けたのか、徐々に一緒に行動するようになりました。

都心で美しい庭園をもつホテル 人の世にさまざまな人間模様があるように、自然の中にも生きものたちが繰り広げるドラマがあります。たとえそれが、私の妄想と想像力で仕上げたものであっても、いのちを全うする彼らの姿は胸を打つものがあり、そこに私も喜怒哀楽を見いだし、共感せざるを得ません。

都心の雑踏でたくさんの人と人工物に囲まれていると、この世の中は人間が全てで、それ以外はモノのように扱われがちな社会に、無意識のうちに馴染んでしまいます。

普段、疑うことが少ない「当たり前」という価値観は、他の世界からすれば決して「当たり前ではない」ものです。田舎や都会という社会的な、あるいは地域的な属性においても、学校や会社、組織や団体においても、国家や民族においても、ある特定の価値観に馴染んで固まってしまうと本来見えるべきものが見えなくなり、しまいには相容れない世界を視界(思考)から排除してしまう恐れがあります。グローバルとか多様性といった言葉に踊らされず、異なる世界を常に意識することは、覚めた視線を保つためには大事なことのように思えます。

田舎で自然に囲まれたソフィアート・ガーデンに居ながら、知的で文化的な刺激に満ちた便利な都会に日常的に往き来していると、私どもは常に二つの視点を意識させられます。どちらの世界が良い、悪いではなく、どちらも私どもにとっては必要不可欠です。それぞれにどっぷりと入り込みすぎない適度な距離感を保てる、というのが、今の生活の最大の良さであると言えます。

ソフィアート ・ ガーデン物語
有限会社ソフィアート 長野県軽井沢町長倉 2082-4


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