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■第120話(最終回) 「春ふたたび」 2013年3月21日
春分の日も過ぎ、全国的には文字通りの春です。
私どもは10年前、2003年3月のこの頃に初めて軽井沢を訪れました。
別荘地は人影もまばらで、まだ芽吹きも何もないぬかるんだ枯れ草の覆う大地をキジが歩き、青空には小鳥の楽しげな声が響き、針葉樹のモミの香りが漂います。この素朴で明るい風景が、私どもにとっての軽井沢の原点です。
凍結でボコボコと波打つガーデンの土も、今や柔らかくほぐれて、ほくほくとした土の感触が足に心地よく感じます。隅々まで歩き回って枯葉の覆う土を眺めていると、妙に盛り上がっている箇所に気づきました。近づいてよく見ると、スイセンの葉が早々と芽吹いて枯葉を持ち上げています。
当地では例年はクロッカスとともに4月に芽吹いてくるスイセンですが、今年の芽吹きはずいぶん早いことになります。このところ全国的に強風が吹き荒れたり、5月下旬並みに温かくなったり、気象が不安定のようですので、植物も気が急いたのでしょう。
初夏から夏の間は、フキがグランドカバーのようにガーデンの一角を覆います。その当たりを見に行くと、早速フキノトウがポコポコと顔を出しています。朽ち始めた枯葉を手でかき分けて、真っ黒い土からフキノトウを摘みとると、土のエッセンスのような清い香りが指につきます。
アサツキも芽を伸ばしています。初夏には毎日のように摘んでお吸い物などに香りを添える、ガーデンの大事な野草です。思わず摘み取って噛んでみると新鮮なネギの香りが口に広がり、冬眠していた体が眼を覚ますような勢いを感じました。
春霞の空高く、キツツキが木をつつく「カタタタタ・・・」という軽快なドラミングが聞こえてきます。元気に飛び交う小鳥たちは、まだ繁殖期には早いのですが、澄んだ声でさえずりはじめています。ゴジュウカラの「フィフィフィフィ!」という笛の音のような強い声が森の中にこだましています。
冬の間は甘えたような声で「ビィービィー」とプレゼントを催促していたコガラも、地鳴きとは似ても似つかぬ美しいさえずりを奏で始めました。
よく透る、フルートの音色のような柔らかい美声です。
このコガラのさえずり初めを聴くと、私は少し寂しくなります。なぜなら、さっきまで手に乗ってかわいらしい表情で遊んでくれたコガラたちが、急に凜々しい面持ちで遙か彼方を見つめ、別世界の存在のようになってしまうからです。
高い梢で気取って美声を披露していたコガラは、私どもの姿を見つけると、再び「ビィービィー」と鼻にかかったような地鳴きとともに近くに降りてきました。
こうして行きつ戻りつ、別れを惜しみながらも、ガーデンの風景は徐々に春の色や音へ衣替えしていきます。
ふと東の藪から「ホー、ホケキョ!」とウグイスの初鳴きが聞こえました。普通は4月に入ってからウグイスのさえずりの練習を聞きますので、あまりの早さに驚きました。しかも、いきなり上手に鳴きました。きっと成鳥のウグイスなのでしょう。
近所では、春の訪れを告げるマンサクが満開です。さあ、うかうかしてはいられません。半年もの冬の間、雪と氷になって大地を固く閉ざしていた水は目覚め、流れを取り戻し木々に吸い上げられて、もうすぐ枝先にまで満ち、雫となってポタポタとあふれ落ちてきます。
水のいのちは、もう誰も止められない奔流となって、すべての生きものに浸透していきます。水の力は固い蕾を押し広げ、樹木も大地も無数の木や草の芽を震わせて、石のような蕾からほのかな萌木色が見えるようになると、とたんに大地も枝も色を帯びていきいきとします。
そんな季節はもう目の前です。木々は毎年、同じ顔をしているように見えながらもゆっくりと年輪を重ねます。
今年も私は、ソフィアート・ガーデンの春に、ふたたび会うことができました。しかし、いまここで出会うすべてのできごとは、一度かぎり。二度と会うことはありません。
ガーデンで、その時々に私の眼に映り、耳に聞こえ、感じとった印象を、『ソフィアート・ガーデン物語』として、120話の文章で写真を交えて綴りました。
この物語を読み返し、心の中のガーデンを散策すれば、いつでも木々や草花、虫や小鳥たちに会え、どこにいてもガーデンの仲間たちがいきいきと生きる姿を感じとることができますように、そんな願いをこめて、この物語を終わります。
『 ソフィアート・ガーデン物語 』 第120話(最終回) 「春ふたたび」
有限会社ソフィアート
スタッフM( 竺原 みき )
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>> 第3話「木の香り」
メモ(本文とは直接の関係はありません)
ソフィアート・ガーデン物語を読んでいただき、ありがとうございます。
今回の第120話でソフィアート・ガーデン物語は最終回を迎えました。
次回の「結」でこの物語を締めくくります。
今後はガーデンの植物や生きものの観察記録を弊社ホームページで紹介する予定です。
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