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■第89話 「お茶の時間 9」 2012年10月4日
耳を澄ませてソフィアート・ガーデンを歩いていると、季節に特有の音に気がつきます。
近くの庭から「コーン!」と大きな響きがします。これはクリの実がトタン屋根の上に落ちた音です。すこし鈍い音でしたら、屋根ではなく枯葉の上に落ちた音でしょう。
庭のあちらこちらで、小さな「コツコツコツ」という音がします。これは、コガラやヤマガラ、シジュウカラたちが、それぞれお気に入りの枝の上で、両足でしっかりと木の実を押さえて嘴で殻をつついて食べる音です。小さな大工さんがたくさんいるようです。
足元の草むらで「カサッ」と音がして、大きな雨蛙がピョンと飛び出しました。「パサッ、パサッ」と聞こえてくるのは、ツグミの仲間が草や枯葉をひっくり返しては地面で虫を捕る音です。
ガーデンを少し下ると、近くには千ケ滝の清流から分岐した小川があります。流れの速い水が「サラサラサラ」と音をたてています。いつもより少し流れの音が大きくなっているのを不思議に思って近づくと、先日の台風で折れた大きな枝が引っかかり、水面に差し掛かったまま水流をせき止めていました。 軽く枝を押すと、すぐに土手から離れ、川を流れていきました。再び、水の流れも静かな音に戻りました。
秋の森は、静かなようでいて、結構賑やかな音に囲まれています。9月の秋分の日を過ぎて、日の暮れるのも早くなってきました。夕方、小鳥たちもそれぞれのねぐらに帰ったようです。雨蛙が「ゲッゲッゲッ・・・」と鳴き始めたのが聞こえます。天気が崩れるのでしょうか。
夜は少し肌寒く感じますので、小屋の薪ストーブに久しぶりに火を入れてみましょう。仕事が一段落したらお茶の時間です。着火したばかりの薪からは、パチパチと勢いよく燃える音がしています。
薪ストーブが活躍するようになると、お茶はストーブトップで温めることができます。熾火になれば、串に刺したマシュマロを遠火にかざして軽く焼いて、おやつにするのも楽しいものです。
小屋の薪ストーブは、建物の真ん中にあり、周りをぐるりと歩くことができます。ストーブの真後ろにスツールを置いて、煙突を背もたれに読書をすれば、背中がじんわりと温かくて、つい居眠りしてしまうほど気持ちが良いものです。煙突は断熱性の高い二重煙突にしていますので、触ってもやけどをすることはありません。
秋から春にかけては、自然と薪ストーブに近づいて座るようになります。なんといってもストーブの前はいちばん温かく、寒がりの人の特等席です。お客様がいらっしゃったときには、ストーブの前に座っていただきます。横もけっこう温かいものです。後ろ側は、先ほど書いたように煙突の背もたれもあり、私の大好きな場所です。
これほどの人気者はないというほど、薪ストーブは集いの中心となり、誰もが強い磁力に引き寄せられるかのように薪ストーブに近づいて座ります。hearth(炉)は、まさにheart(心、心臓)のように家の中心となります。
小屋の薪ストーブは、これが唯一の暖房器具であるため、小さな建物の割には大きなものを据え付けました。サイドローディングと呼ばれる横から薪を出し入れするタイプです。
自宅の薪ストーブ
はアメリカ製(ハースストーン社)で、ストーブの前面と背面は鋳鉄、天板と側面はソープストーンという蓄熱性の高い石でできています。小屋のものはノルウェー製(ヨツール社)で、全体が鋳鉄でできています。北欧(主にスウェーデン)は昔から鉄鋼がさかんです。ヨツールもノルウェーでもっとも古い鋳物工場から生まれており、デザインだけでなく技術も造りも安心できます。
薪ストーブというものは、奥が深くておもしろいものです。自宅と小屋とで冬場は2台のストーブを使うため、それぞれの燃焼技術や蓄熱性といった個性の違いに気づかされます。
木を燃やすだけの道具ではありますが、木造家屋の室内で「焚き火」をするわけですから、なんといっても安全性が第一です。そして燃焼をいかに効率よく長い時間の暖房熱に変えるか、という点で各国、メーカーごとの経験と勘による知恵が薪ストーブにはたくさん詰まっています。また神聖なる火を扱う道具であるため神秘性と精神性が備わり、デザインや形状にも火の文化へのこだわりと祈りが感じられます。
自宅のアメリカ製ハースストーンは、かなり大らかで合理的で使い勝手が良いものです。こちらが特段の工夫もなくぎゅうぎゅうに木を詰め込んで新聞などで着火すれば、あとは放っておいても安心です。冬の間、家全体を24時間連続してぬくぬくと温めてくれる頼もしい存在です。扱いも楽で、普段着のように気取りのない、生活必需品としての安心感がある愛すべき薪ストーブです。
一方で小屋のヨツールの方は、扱いに少し工夫が必要です。しかし炎が何とも言えず上品で燃焼効率も良く、美しい熾火と、「オーロラの炎」と呼ばれる高温燃焼の青い炎のゆらめきが楽しめます。優美で芸術的な燃焼というだけでなく、もちろん実用価値も高く、外気温が氷点下10度以下にもなる厳冬期、零度近くまで冷え込んだ小屋全体を、これ1台で20度以上まで温めることができます。
薪が安定燃焼に入ると、もうパチパチという派手な音ではなく、時折「コン、コン」という熾火の燃焼音がかすかに鳴ります。
突然「パラパラパラ」と屋根を叩く雨の大きな音が響いてきました。外に出てみると、ザーッと強い雨が降っています。ガーデンの小屋はガルバリウムで葺いた屋根ですので、瓦葺きの屋根と違って雨の音がよく響きます。
これから冬になると、雨は雪に変わります。雪は一切音がしませんので、夜、仕事を終えて帰ろうと小屋のドアを開けて、一面に降り積もった雪を見てびっくりすることがあります。
しかし屋根に降り積もった雪が、よく晴れた日にガルバリウムの屋根をなだれ落ちる音は驚くほど大きく、「ゴゴゴゴ・・・」と地響きのような音をたてた後に「ドサーッ」と落ちて小山になります。
部屋の中でこの音を聞きながら、今は南側の雪が落ちた、今度は西側だ、などと想像して楽しみます。
氷点下10度以下の日も珍しくない軽井沢の冬は、凍結や雪の心配をしなければいけませんし、都会や温暖な土地のような便利な快適さからはほど遠い、厳しくて長い長い冬ではあります。しかし、私は軽井沢の四季の中で冬が一番好きです。夏の終わりを待ち望んでいた私としては、これからの季節のことを思うと、ただそれだけで幸せな気持ちになります。
ソフィアート ・ ガーデン物語
有限会社ソフィアート 長野県軽井沢町長倉 2082-4
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