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 バリュー(価値観)の具現化 〜育成から昇格選考までのプロセスにおける経営幹部の関わり〜

(有)ソフィアート 代表取締役 竺原雅人

【キーワード】
バリュー、価値観、会社常識、フィロソフィー、行動規範、ミッション、ビジョン、企業文化、組織風土、チーム、
経営幹部、共有、浸透、人材育成、昇格試験、昇進昇格システム、試験、論文、試験委員、分科会

【サマリー】
昨今、バリューとか行動規範という言葉がよく聞かれるようになった。会社が大切にする価値観や行動を浸透させるための取り組みはさまざまである。本稿で紹介する企業は、その会社らしさを徹底させるためのユニークな、育成と連動した昇格試験制度を運用している。会社が一丸となった真剣な取り組みである。

【本文】
企業、団体の活動においては、戦略や日々の業務以前に、そもそもの存立基盤であるところの会社の理念、創業の精神、ミッション(使命)といったフィロソフィーや、ビジョン(ありたい姿を表明したもの)がある。ビジョンを実現するために戦略があり、バリューや行動規範が日々の活動において組織を支える。バリューとは、その組織が何を正しいと見るか、どのような活動を評価するのかの価値観を示したものである。 企業は、それぞれの経営活動の仕組みをわかりやすく体系化したり、経営と活動の原点としての思いや存在のあり方を発信している。

事業活動がグローバル化し、組織が細分化され、分社化が進めば、当該企業グループの求心力の要としての理念や価値観がいっそう注目される。かつて多国籍企業といわれたところの多くは、誰にもわかりやすい行動規範や信条(クレド)を定めている。その組織形態ゆえコングロマリットとみなされるGEのバリューマネジメントは大変に有名であり、その厳しいほどの徹底ぶりが知られている。また、トヨタ自動車もグローバル化に対応するべく、英語によるTOYOTA WAY を公表して久しい。

こうしたバリューやフィロソフィーは実際にどのようにして浸透、具現化されているのか、また社内(企業グループ内)で、いかなる方法で徹底させようとしているのかといえば千差万別である。企業の風土、そして文化として根づいているところもあるが、大半のところは末端にまで浸透しているわけではない。「バリュー」(あるいは行動規範、行動指針)は何らかの行事の時だけに意識するという人もいるし、最近はことあるごとに会社からの働きかけがあるためキーワードとしては知っているという人も多い。名刺サイズのカードに会社の“想い”を記して配布するところや朝礼で必ず確認するところもある。

今回紹介するA社は、従業員2000人ほどの東証1部上場企業(製造業/機械)である。業界の中でも業績は良く、営業利益率も高い。紹介する内容は十数年も前のことである。当時はいまほどバリューとか行動規範といった言葉や概念は聞くことはなかった。歴史と伝統ある企業では、会社が大切にしていることは創業者の「書」によって明文化され、その書に込められた思いや意味は企業文化の根幹として暗黙のうちに語り継がれて来た。

筆者はA社の昇格試験の作成・編集に関わったことがある。A社の案件は大変手がかかると聞いていたが、担当になってみると確かに忙しさは半端ではない。しかし、新鮮な驚きがあった。というのは、部門長や役員の大半が直接試験の作成にまで深く関与し、徹底的に取り組んでいる姿を見たからである。 おそらくA社では、何も特別なことをやっているわけではないと思っているに違いない。が、多くの企業で昇進昇格システムや試験作成、論文審査を手がけてきた筆者の目には大変優れた取り組みと映った。そして、何よりも、この取り組みは、会社の価値観や会社常識を社員に理解させ、浸透、徹底させるうえで大きな役割を果たしている。

古い話とはいえデリケートなテーマであるため、当時の人事部長の講演や論文などで公表された事実のみについて、そのエッセンスを紹介したい。もちろん機密に関わることではないことを申し添えておく。

当社では、社内の「中堅層」と「監督者層」(いわゆる主任クラス)への昇格に際して、まずは候補者の育成に務め、その後の試験で、その学習度合い、成長度合いを確かめ、一定の水準に達していれば昇格、そうでなければ滞留としている。試験を受けるためには部門の推薦が必要である。

試験は、部門別の「専門」科目と全社「共通」科目とに分かれる。共通のなかには、@社会経済の常識を問う試験と、A当該企業の価値観(会社常識)に関する論文および面接とがある。@では、広い視野と関心、世間の常識の理解を確認する。井の中の蛙にならないようにするためである。一方、Aは、これまで、そして現在の取り組みや今後の活動についてのものであり、いかに会社の精神を踏まえており、会社の理念に則っているかを問うている。

これらのうち、「専門」科目と「共通」科目の中の<社会経済常識>を外部の協力のもとに行い、会社の価値観に関することは設題から審査までの一切を社内のみで行う。一部で社外の専門業者の力を借りるところがあるとはいえ、ほとんどが自前である。この一連のプロセスで目指すのは、選抜ではなく、会社や組織の成長、発展の担い手としての自社人材の育成そのものである。自社バリューを体現した人材を経営幹部が責任をもって育てる。そして、候補者は、専門科目や社会経済常識がどれほど優れていようとも、会社の価値観に関する試験(論文と面接)が芳しくないと昇格することはできない。

専門科目については、いわゆる事務系(管理部門など)や製造系、開発系などに分かれるが、それぞれの分野で知見ある責任者、つまり役員、部長クラスが試験委員として任命される。そして、各分野で任命された複数の試験委員が、自ら書店で入手可能な図書を買い求め、それぞれが熟読のうえ「専門分科会」を開催し、そこで話し合って分野ごとの課題図書を2,3冊選定する。その課題図書は候補者に配布される。試験はその中から出題されるが、どの箇所のどういうポイントについて、どのように問うのかまでを各試験委員が細かく決め、外部の専門家を交えた再三再四の摺り合わせを経て試験問題原案が決まる。

さらに最終の試験問題が確定する前に「拡大分科会」が開かれる。拡大分科会では、隣接する領域の委員が一堂に会して意見交換を行い、レベルあわせをして統一感を図る。 たとえば、工場の所在地には生産管理部門や研究所があるため、管理スタッフや技術系社員がいる。また、工場には直接製造に携わる技能系社員もいる。そこで技術系、生産管理系、技能系の試験委員が一堂に会し、この「拡大分科会」にて試験問題が検討される。対象ごとに業務内容も学歴も異なるが、職場は近く、業務のつながりがある。 一方、本社では営業系と管理系(人事や総務、経理、システムなど)の試験委員が集まり、同じように試験内容を検討する。

感心したのは、誰も自分の部門や部下に甘くしないことである。「拡大分科会」では、自部門の社員への高い期待(厳しい要求)が示される。「これだけは理解してほしい、やってもらいたい」という期待が強く、他部門の委員から「難しすぎるんじゃないですか」とか「そこまで要求するのは酷ですよ」、「記述を求めても書き慣れていないから○×式でどうですか」といった意見が出される。それに対して、「この際、図書もあることだからもっと学んでもらいたい」、「これくらいできないと他社に負けてしまう」といった具合である。もちろん委員一人ひとりには個性があるが、どの発言からも当社らしさが感じられた。

以上で概観したように、A社では、<社会経済常識>への関心と理解度、専門業務に関する知識や知見などを筆記試験で問い、学習と成長の度合いを確認する。一方、会社の価値観をどのように体現してきたかを論文と面接で確認する。部長以上の大半の経営陣は何らかの形で、この一連の育成と選考というプロセスに関わる。実にバランスのとれた人材育成であり、選考である。

当社では驚くことの連続であった。委員会で何人かの委員の見解を尋ねると、いつも「われわれは・・・」という回答である。個人の考えを聞いたつもりでも、相手は、誰に聞いても同じだよといわんばかりである。回答は常に「われわれは・・・」である。これぞ、その会社の価値観であり、共有し、体現する理念であると痛感した。個人プレイは評価せず、あくまでもチームによる活動を大切にしている。なるほど、「チーム」という発想がないところに価値観といってもはじまらないのではないか。当社はチームで活動するということに徹底的にこだわる。

立派な理念やバリューを掲げている会社は多い。これまで何百もの会社を訪問してきたが、当たり前のように理念やバリューを体現し、日々の行動で活かしている会社はごく少数である。A社は巨大企業ほどの規模ではないとはいえ、以心伝心、絶妙のコンビネーションである。超大規模な組織だと相当強力な働きかけが必要であるが、A社は何とも自然体であった。

ちなみに、この会社は、透明で公正な経営を標榜していることで知られている。それらを裏付ける事実を筆者はいくつも知っている。早くから株主に目を向けた経営をしており、配当性向も高い。試験問題を採点していたとき、その答案における表現、言葉遣いから、当社のお客様(取引先であり、株主)に対する真摯な姿勢を読み取ることができた。この内容を明らかにすることはできないが、ビジョンを共有し、共通の価値観、理念の下で行動している様子が伝わってきた。

A社において、その価値観、つまり会社の常識が皆に浸透しているのは、ほかの当社独自の取り組みも影響していると思う。この点も割愛するが、まさに「言うは易く行うは難し」といった活動である。当社の常識(価値観)がなせる業といってもよい。

トヨタ生産方式であれ、京セラのアメーバ経営であれ、その原理や考え方を理解したとしても、それらを実践、徹底させることは並大抵のことではできない。価値観への共鳴、基本動作の徹底をもとに地道な努力の積み重ねが必要である。こうした企業文化こそが、その企業らしさを育て、受け継がれていくのであろう。バリューを浸透させようとどの企業も苦心している。企業文化のコアとなる部分がないと、スピード競争のこの時代、組織と意思決定が分散化され、事業特性が異なるほどに、企業(グループ)はバラバラになってしまう。バリューの具現化ができるかどうかが当該企業の競争力にも大きく影響するであろう。

A社の仕事に関わることができたことで筆者にとって大きな学びの経験となった。そして、地道な、当たり前と思われる活動への真摯な取り組みの積み重ねによる力を見る思いであった。

2012年6月28日 記

竺原雅人
 
 
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